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日本の地ビールの歴史:酒税法との闘い

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日本の地ビールの歴史:酒税法との闘い

地ビールの誕生は、『酒税法』との関係が深く関わってきます。

この税法により日本のマイクロブルワリーは、出遅れた言っても過言ではありません。

世界に目を向ければ、数多くの「老舗」が存在します。
その幾つかは、日本の時代背景で言えば「室町時代」から創業が続くブルワリーもある位です。

地ビールの誕生

地ビールの歴史
Image by Tomasz Mikołajczyk from Pixabay

今まで大手ビール会社しか醸造できなかったビール製造。

しかし、1994年4月の規制緩和により、日本国内でもマイクロブルワリーと呼ばれる地ビール製造会社が次々と誕生しました。

大手とは一線を慨すこれらの地ビール会社は、醸造士の独特な感性とこだわりによって、様々なスタイルの地ビールを造り出してきました。

因みに、日本におけるビール醸造の歴史は下記でご紹介しています。

地ビールの日

日本地ビールの日

馴染みの薄かった海外の醸造法を取り入れ、ラガータイプ・エールタイプ問わず、チャレンジ精神を前面に押し出したハイクオリチィービールを提供しているのが、日本のマイクロブルワリーです。

実際、海外の主要な賞を総なめにする程、高品質で技術力の高い地ビールも数多く存在します。

そして、日本でも地ビールの愛好家を増やし、品質向上に取り組む為幾つかの協会が設立されました。

その中心的な存在とも言える「日本地ビール協会」が中心となり『地ビール選考委員会』が作られ、そこで定められたのが「地ビールの日・ビールの日」です。

因みに、日にちは4月23日
この日付は、世界で初となるビールの品質を向上させるために作られた法令『ビール純粋令』が、ドイツはバイエルンで発布された日に基づいて決められましたからです。

地ビール醸造の壁『酒税法』

酒税法
日本では、個人が醸造を行う事を硬く禁じています。
そう、自家醸造は法律違反である事は周知の通りです。

では、いつから禁じる様になったのでしょうか?

江戸時代までは、各家庭で当たり前の様に造られていた『酒(どぶろく)』は、明治時代に入り「富国強兵」の下、大きな財源として国が取り仕切る様になったのです。

そう、それが酒税法です!

その引き締めが強くなっていったのが、日清・日露戦争からだとされています。

そんな大陸への進出は莫大な財源を要し、その殆どを酒税法が賄っていたとされています。

酒税法の改正

明治から始まったこの法律は、第二次大戦を経ても尚続く事となります。

しかし、高度経済成長を成し遂げ経済大国となった日本からすると、その内容は時代にそぐわないものとなっています。

一つは、税の徴収率です。
当初は、国の財源の1/3以上は担っていたとされる酒税法。

しかし、平成の世になってみると、その割合は数パーセントに留まっています。

この結果は、制定当初の目的からは大分かけ離れた数値だと言えます。

酒税法の疑問:製造免許

酒税法の条文には、『製造免許』と記されています。

しかし、酒税法は本来物品税(消費税)に分類される税であり、物を販売する際に掛けられる税金を指します。

ただ、酒税法には先述の通り、「お酒を醸造(製造免許)する」事に税が課せられている状態となっています。

この事により、販売目的としない自家醸造に関しては、「酒税法の範囲外!」と考えるのが妥当だとする方も多いようです。

また、我が国は先進国でありながら、お酒の文化を個人で楽しむ事を法律で禁じている国でもあります。

音楽や芸術、食と言った『文化』と同じように、「自分達で造る」行為が酒類に関しては、この製造免許により実質禁止されているからです。

酒税法におけるビールの位置づけ

先の製造免許。
その大きな障壁となっていたのが、年間の製造量の規定です。

特にビールに関しては、「これでもかぁ!」と言わんばかりのハードルの高さ。

その数量は、なんと年間2000キロリットル以上!

他の種類の30倍から300倍のハードルの高さとなっています。

これでは、大規模なプラントを有する大手企業しかビールを醸造・販売出来ないという事になります。

その為、法律で定められている『職業選択の自由』に反するのでは?と言った意見や、『独禁法』に抵触するのでは?と言った意見も上がっていました。

酒税法の改訂により地ビール醸造・販売が解禁

相変わらず、個人による自家醸造は認めていない。

特に、ビールに関しては販売価格の殆どを税金が占めているので、国としては譲れないところなのでしょう。

しかし、ここに来て「醸造・販売」のハードルが大きく下げられる事となります。

それが、醸造量の下限の引き下げ!

先述の通り、最大のネックとなっていたのが、『年間2000キロリットル以上』という製造量の問題。

これが、年間60キロリットル以上となったのです。

1994年4月に改訂された酒税法により、個人レベルでもビール醸造業を起業する事が可能となりました。

まさしくこの年は、「日本マイクロブルワリーの元年」となった訳です。

しかし、これでも規制は厳しいと言えます。アメリカでは、マイクロブルワリーの条件として1200キロリットル以下と定めています。そう!日本とは逆で上限が定められているのです。その為、無理な醸造量を製造しなくても会社運営が行えるという利点があります。

因みに、日本で初めて営業を開始したのは新潟県の『エチゴビール』。1995年2月16日です。

醸造に関しては、1995年1月25日に催し会を行った『オホーツクビール』が最初とされています。

「自家醸造を認めれば、みんな家で造ってビールを買わなくなる・・・。」そんな恐れも政府にはあったのでしょうか?欧米では、当たり前の様にビールキットが売られ、ホビーとして自家醸造が行われています。では、欧米のビール会社は無くなったのか!?いいえ!多くのマイクロブルワリーが存在し、大手ビール会社も存在します。では、どうしてか・・・。ビール造りは手間暇が非常に掛かるのです。そう!一言で言えば「面倒臭い」のです。だから、手軽に手に入るスーパーや酒屋で購入するのです。

『日本の地ビールの歴史:酒税法との闘い』は以上となります。

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